椿井木工舎

椿井木工舎(木工)

情緒的なところに拘らない

最終更新日>2020/02/18 文責>ヒラタ 写真>ワカナン

長野県上松町の
椿井木工舎
(ツバイモッコウシャ)

椿井木工舎
椿井木工舎 二宮大輔 プロフィール

1983年 佐賀県有田町で陶磁器(有田焼)の製造・販売を営む家に生まれた。
2002年 佐賀県立有田工業高校デザイン科 卒業
2002年〜2016年 大手車メーカーのクレイモデラーとして働く。
2016年 長野県上松技術専門校木工科 入学 木工技術の基礎を学ぶ。 
2017年3月、同校同科 卒業
2017年 長野県上松町にて椿井木工舎 開業

出会いは暑い夏の日だった。

椿井木工舎

椿井木工舎の二宮さんと出会ったのは、2019年の動かなくても汗が吹き出すような暑い夏の日だった。りんねしゃの飯尾さんが主催する東別院てづくり朝市に視察に伺った時だ。マルシェや朝市に行くのは久々で、5年も続いているということ、約200店舗が出店し1日の売上高が1000万円を超える巨大なマーケットになっていることなど、興味津々で伺ったのだった。

園内を2周して気になったところで買い物しながらリサーチをする。職業病でものづくりをしている人への興味が尽きない。特に気になったのが二宮さんの木工作品で、どこからどうみても作りのいいコーヒーメジャースプーンが、兎に角、気になって手に取った。磨きが素晴らしくいい意味で手作り感がない。

ともすると、工業製品

椿井木工舎

出来上がったばかりのコーヒーメジャースプーンたち

熟練した職人や作家になればなるほど、不思議な現象が起こる。できあがった製品が工業化するのだ。かつて工場がなかった頃、人は手で全てのものを作り出していた。目指すは均一な美しさである。長く仕事に携わり研究し鍛錬を積むと、人の手で作ったとは思えないような均一な作品が生まれていく。職人技とも言われその技術は高く評価された。

時代が変わり工業化が進み、大量に均一なものを作ることができるようになると、世の中に同じものが溢れ出した。消費者はいつも同じものに囲まれ、物を見る目を失った。かつて職人技と言われた技術と工業化で大量生産したものを見誤るようになったのだ。

椿井木工舎

手仕事が情緒的であるものとは限らない

高い技術の手仕事で作ったものと、工業製品は明らかに違うものである。だが目が曇ると、同じようものが沢山あるという一点において、同じものに見えてくる。揺らぎがあるものが手仕事であるという認識が多くなってしまった現在、工業製品に揺らぎを作る動きも出てきている。手仕事と工業製品が交差する不思議な時代になったとも思う。二宮さんの語った「手仕事が情緒的であるものとは限らない」という言葉が、胸に深く突き刺さった。

椿井木工舎

段階を経て作品が徐々にできあっていく。

正確無比

椿井木工舎

整理整頓された工房が印象的

二宮さんは自動車メーカーのクレイモデラーとして十数年従事した後、長野県上松町の学校を出て2017年に独立開業されている。わたしと出会った2019年当時は、二宮さんの木工作家としてのキャリアは2年で、こんなに精密な仕事を2年でできるのかと驚いた。だが、始めて聞いたクレイモデラーという仕事の内容で納得した。自動車のデザインができあがった後に立体におこす仕事で(詳しくはぜひ調べてみて欲しい)、造形を正確無比に行うという点でなんら作家と変わりないような気がしたのだった。だから二宮さんはずっとものづくりの人だ。

椿井木工舎

同じ形に仕上げるために沢山の自作の治具を使っている。

椿井木工舎

治具(じぐ)とは加工や組み立ての際、部品を固定し作業をやりやすくするもの

それから、取材させてもらいながら二宮さんの所作がとてもいいなと思った。兎に角、話しながら作業しながらすぐに片付ける。木屑を片付け、出した器具をすぐ元の位置にしまう。身についた作業が自然と出る様子に、やっぱりこの作品を作る人だなぁと感動したのだった。

自給自足的な生活

上松町

上松町にある工房の風景

うわっ、電車きた!って興奮して写真撮っちゃいますもん。

名古屋から上松への環境変化も、望むべくものだったと二宮さんは言う。同じ長野県に住んでいたものの上松町は初訪問だった。わざわざも相当だが、上松町は想像を超える景観だった。うん、何にもない。コンビニもスーパーもなかった。二宮さん、すごいっす。いやー、びっくりしました。

椿井木工舎

手作りのお漬物でお茶の時間。おいしかったぁ。

二宮さんご夫妻は工房の前の畑で自分たちが食べる野菜を作り、時に地元の方々にジビエをいただき、奥様は罠も習い始めているとおっしゃっていた。おやつに出していたいただいた手作りのお漬物のおいしかったこと。赤カブ漬け、すんき漬け。思い出して食べたくなります。