パン屋の1日

パン屋の1日

最終更新日>2022/5/13
監修>平田はる香 文責>堀田きずな 写真>若菜紘之


初めまして!パンづくり部の堀田といいます。4年ほど前に石川県から長野に移住し、一昨年の11月にわざわざに入社しました。それから約1年半パンづくりに勤しんでおります。今回、この記事を通してわざわざのパンがどのようにして作られているのか、パンづくり部がどのような思いでパンを焼いているのか、ある日のパン屋の1日を通してご紹介させていただければと思います。ぜひ最後までお付き合いください。

自然と調和するパン作り

AM5:00

まだ外が薄暗い中、パン屋の1日が始まります。

現在パンづくり部は3人体制で動いており、そのうちの1人が早番として他スタッフより2時間早く出社しパンを焼く環境を整えます。まず始めにとりかかる作業が発酵管理。着替えや手洗い等の準備をすませ、真っ先に生地の発酵具合を確認します。

わざわざで焼いている2種類のパン(角食とみまきカンパーニュ)は、丸一日生地を寝かせてから焼き上げられています。前日に捏ね上げた生地を→分割、整形したあと→温度管理をしながら低温で長時間発酵させています。これはわざわざ独自の製法で時間をかけてゆっくりと生地を発酵させるため、管理が非常に難しいです。加えてわざわざの厨房には冷暖房設備がありません。そのため外気温が直接室温に影響しさらには発酵にまで影響を与えるわけです。

当然、この環境下での発酵管理は一筋縄ではいきません。スタッフは過去データ、天気予報とにらめっこしながら窓やドアの開け具合、換気扇のON、OFF、窯の蓄熱、生地を置く場所など利用できるものを全て駆使して室温の管理、ひいては発酵の管理をしています。

パン屋の1日

この日の発酵具合はやや弱め。すかさず生地を暖かい場所に移動し発酵を促します。

わざわざのパンを食べたことのある人の中にはお気付きの方もいるでしょう。わざわざのパンは夏場と冬場で味が異なります。具体的には夏のパンは冬のパンに比べて酸味がやや強くなる傾向にあります。これは室温を一定に保つことができないことに由来し、温度変化の激しい環境で味を一定に保つことはかなり難しいということも要因の一つです。

できる限り一定の味をだせるようにと努力していますが、実は、半ば割り切っている部分もあるんです。季節ごとの変わるパンの味もわざわざらしいと考えているのです。夏は酸っぱいものが食べたくなりますしね。大事なのはその時々に合わせた最善のパンを焼くことじゃないでしょうか。寒暖差の激しい御牧原の自然環境に合わせ変化するパン。いわば自然と調和するパン作りと言えます。どの季節のパンも自信を持って焼き上げています。ぜひ四季折々の味を楽しんでみてほしいです。

パン屋の1日

生活に炎を

パン屋の1日

AM5:10

発酵管理はひと段落、窯の火入れを始めます。焚付けは小麦粉が入っていた紙袋を再利用。程よくちぎった紙袋と細い薪を窯に入れライターで点火。うまく薪に火が燃え移ったら5〜10分おきに太い薪をどんどん継ぎ足していき温度をあげていきます。炎を見ながらふと物思いに耽ります。

僕はキャンプが好きです。わざわざは長野県外からの移住者が非常に多く在籍していますが、僕もその1人であり趣味であるキャンプ、スノーボードを存分に楽しむために長野県移住を決めたと言ってもいいでしょう。思えば小学生の頃から家族と行ったキャンプで自ら火をおこし遊んでいました。そんな僕にとってこの窯入れという作業は至福のひととき。静寂に包まれる厨房でたった1人、ラジオでも聴きながら窯に火を入れる。燃え上がる炎を眺めながら紅茶を淹れ一服。いまでは僕の生活に欠かせない瞬間となっています。

薪を使った窯はガスオーブンとは違い温度調整も至難の技。薪の太さや入れるタイミングを調整し炎をコントロールしていきます。窯の温度を確認しながら薪を足すこと約2時間、最終的にはだいたい330℃くらいでカンパーニュを焼き上げています。温度はあくまで目安。その日の窯や生地の状態を確認し、窯の熱を全身で感じながらベストなタイミングを探ります。

パン屋の1日

全体を見つめる、先を見据える

パン屋の1日

AM5:20

さあ、ここからが朝の本番。穏やかに流れる優雅なひとときには別れを告げ、忙しない時間がやってきます。窯の温度が上がるまでの約2時間、さまざまな作業を並行してこなしていきます。作業内容はざっと以下の通り。

  • 発酵管理
  • 窯のお世話
  • 角食の焼成
  • お菓子作りの準備
パン屋の1日

角食はカンパーニュとは違い、冷蔵庫内で生地を寝かせているため発酵状態は比較的安定しています。加えてガスオーブンを使って焼き上げていることもあり焼成時の温度管理も簡単。朝からどんどん焼いていきます。それでも夏場は注意が必要。角食は型の大きさが決まっているため、過発酵になると焼成時に生地が型からはみ出してしまい、最悪の場合暴発します。スタッフは発酵を抑えるため悪戦苦闘しています。もちろん、暴発してしまったパンは捨ててしまうわけではなく賄いとしてスタッフが美味しくいただいていますよ!

パン屋の1日

お菓子は日によって作る種類や量が変わるので、その日のスケジュールを確認し必要な下準備を行います。バターを溶かしたり、フレンチトーストやラスク用のパンをカットしたり。他の作業の合間を縫うようにちょこちょこと作業を行います。

このように複数の作業を同時に行うことになるので常に厨房全体を把握しておく必要があります。その上で先を見据えた行動が求められます。今必要な作業はなんなのか、優先順位をつけ効率的に業務を進めていきます。

勘が物を言うこともある

パン屋の1日

AM7:00

約2時間、コツコツと薪を焚べ続けた甲斐あって窯の温度は300℃を超え、近くだけでじりじりと熱気が伝わります。いよいよカンパーニュの焼成です。発酵管理がうまく進み、出社直後はやや小さめだったカンパーニュはほどよく膨らんでいます。生地量900g弱のカンパーニュが一度に焼けるのは12〜14個。スリップピールと呼ばれる専用の道具で一つ一つ丁寧にかつスピーディに窯の中へ。

パン屋の1日

カンパーニュには窯入れ直前、クープと呼ばれる切り込みをいれています。クープをいれる理由は主に2つ。

  • 生地の暴発を防ぎ形を整える
  • 火の通りをよくする

生地の膨らみ具合や酵母の状態を確認して、クープの深さや大きさを調整しています。クープを入れることで、発酵中に小麦粉の主成分である糖分の分解で生成された二酸化炭素の逃げ道を作ります。クープを入れないと生地内に溜まった空気の行き場がなくなり、パンが暴発し見た目や食感が悪くなってしまいます。クープはぷっくりと形の良いカンパーニュの焼成に一役買っています。

パン屋の1日

窯いっぱいにパンを入れ終えると、しばし焼き上がりを待ちます。焦げない様に5分おきに場所や向きを入れ替えトータル20〜30分程かけて焼き上げていく。中の様子を伺うと、生地がみるみる膨れ少しずつ色づいていくのがわかります。

パン屋の1日

30分後、窯から出したパンは焼き色、形ともに良好。ぷっくりとしたおいしそうなパンを焼くことができました。毎日繰り返し行っている作業ですが、未だに良いパンが焼けると満足感や達成感がこみ上げてきます。思わず誰かに自慢したくなるような、そんな気分。わざわざに入社してからというもの、パンの出来に一喜一憂させられる、そんな毎日を過ごしています。

パン屋の1日

さて、カンパーニュを窯に入れているちょうどその頃、他のスタッフも出勤してきました。出勤したスタッフはささっと準備をすませ、速やかに持ち場につき作業を開始します。

ここからは出勤してきた2人の作業のうちの一つ、ミキシングについて触れていきたいと思います。ミキシングとはパンの原材料を混ぜ合わせ、捏ね上げていく作業のことです。わざわざでは大型のミキサーを使って材料の混ぜ込みから捏ね上げまでを一貫しておこなっています。いうなれば材料をミキサーに投入しスイッチを入れる、ただそれだけの作業。

簡単そうでしょ?
だけどこれが結構難しいんです。

ただただ同じ材料を同じ分量だけいれればいいというわけではありません。気温、湿度、天候、etc。様々な外的要因によって生地は1日たりとも同じ仕上がりになることはありません。ときには粉のロットが変わっただけで生地の質感がガラリと変わってしまうこともあります。こうした生地の変化を見極め、水分量や酵母の量、捏ね上げ温度などを少しずつ変えています。パンの質を一定に保つため、材料の割合は日々微調整されているわけです。

パン屋の1日

ここでも大きく活躍するのが過去データです。わざわざでは長年、ミキシングの調整量や捏ね上げ温度、気温湿度などを事細かにデータ化しています。この膨大な過去データを参考にその日のミキシングの方向性を決めています。創業者である平田から始まり歴代のパン職人を経て現在のスタッフに至るまで、積み重ねられた経験と知恵が今日のパンを作っているといえます。

パン屋の1日

ところがここでもう一つ難点が。困ったことにデータには現れない、目には見えない何かが悪さをし、データで見る限りは同じ条件で同じ作業をしているはずなのに出来上がった生地は全く別物、なんてことも多々あります。そんなときには最後の手段。自分の感覚に頼るしかありません。生地の質感や見た目、匂いや味など五感をフルに活用し、今の生地に足りないものを探ります。

勘が物を言う。経験を積むにつれデータとは全く別の角度から生地の変化に気がつく、そんなこともあるのです。常に気候変動や生地の状態に気を使いながら仕事をしていると自分の感覚が敏感になるのを感じます。体全体を使って情報を吸収している感覚。熟練するほどデータや予報といった数字には現れない何かを体が勝手に感じとってしまうのではないでしょうか。

職人的勘というやつですね!パン作りでは常に感覚を研ぎ澄まし、五感で情報を感じ取ることも重要であることを日々痛感しています。

ルーティンワークと柔軟性

パン屋の1日

AM11:00

ようやく1日の作業も終盤に。10時から1時間のお昼休憩を挟み、生地の成形へと移ります。角食は一斤換算で約100本、みまきカンパーニュは季節のカンパーニュと合わせて20〜40ホール。一つ一つ丁寧に形を整え型に入れていきます。もちろん成形中も生地の固さや伸びを確かめながらの作業が続きます。成形中が生地に触れられる最後のチャンスとなるので、ここで状態をしっかりと再確認します。

型に入れてしまえば後は発酵を待つのみ。いい塩梅に生地が膨らみますようにと祈りを込めて、今日もせっせと部屋の温度を管理し、明日の焼成に備えて生地を寝かしつけます。

パン屋の1日

PM2:00

長かった1日がようやく終わりを迎えました。外がまだ暗いうちからほぼノンストップで動き続けるので体はくたくた。一気に眠気に襲われます。でも自然と嫌な疲れ方ではありません。むしろ清々しさすら感じてしまいます。汗水垂らしながら身体を動かし、自然やパンと対峙する。この仕事は僕に合っているのだと思います。

パン屋の仕事は基本的には毎日同じ作業の繰り返しです。ルーティン化された作業をコツコツとこなしていく毎日。ですがそこに自然環境や天然酵母といった人間の力ではコントロールしきれない未知の力が介在することで様々なイレギュラーが発生します。そのイレギュラーに対し、過去データと経験をもとに臨機応変に対応する柔軟な適応力が職人の腕の見せ所でもあり、やりがいでもあると感じています。ルーティンワークと柔軟性。どちらも持ちあわせて初めて美味しいパンが作れるのではないでしょうか。

ここまでパン屋の1日の作業をたどってきましたが、なんとなく厨房内の流れや雰囲気を感じとっていただけたでしょうか。普段はお客様の目に触れにくい場所での作業が多く、実際にわざわざのパンがどのような信念のもと、どのようにして作られているのかよく知らないという方も多いと思います。この記事を読んでわざわざのパンに少しでもストーリーを感じてもらえたなら幸いです。そして少しでも気になった方はぜひわざわざのパンを手に取ってもらえると嬉しく思います。